今の地元の変化

数年ぶりに地元の町に帰りました。
地元と言っても電車に乗って1時間くらいの場所で、いつでも帰ろうと思えば帰れるのですが。
場所は都心から40分くらいの、古い町です。

久々に地元の土手を歩きました。
十年以上前に始まった補強と造成は、私が住んでいた頃の土手の上に数メートルの積み増しを、むこうの橋から、あちらの橋まで、年ごとに進んでいく形で進められ、その数キロの距離がやっと完成して遊歩道やサイクリングコースができていました。

少しずつ変わっていくのは、町も同じです。
実家の間近の大きな工場があった場所には広々とした防災公園ができ、一面の芝生が広がっていました。まだ小さな田んぼが残っていた住宅街は、いくつか大きなマンションが建ち、学校の屋上からはもう富士山が見えないそうです。

駅から土手に向かう道のり、昔毎日のように通っていた細い道を進むと、むかしからずうっとある古いお家や、工場の脇の、なんの施設だかわからないドアの上に赤いランプのともる小さな建物が懐かしい姿を見せます。でも、その向かいにきれいな新築の家が並ぶ路地があったり、大通りに面したところは大きなマンションになっています。

古いものが一掃されるのではなく、まだらに立て替えが進んでいくこの町は、とても健全なのではないか、と気づきました。

植生遷移、という言葉をご存知でしょうか?
森林が形成され、新陳代謝していく様子を説明した言葉です。
たとえば火山の噴火があった場所などを想像してみるといいかもしれません。気候がよければそこにはまず苔などが生え、下草が茂ります。そしてその枯れ葉が少しずつ土となり、低木が生え、陽樹林「マツやシラカバなど」、陰樹林となっていきます。この一連の流れを、植生遷移といいます。

植生遷移の最終段階まで進んだ森は、全体としての形は保ちながら、たとえば大きな樹木が倒れた場所に日が差し、新しい植物が育つ環境がところどころに生まれ、新陳代謝を繰り返していくようになります。

新しい町は、この植生遷移と同じように、一気に住宅街となったり、マンション街となったり、大規模な入れ替わりがあり、町の中心部が移動したりする、大きな変化がおこります。

それに対して、ある程度成熟が進んだ町は、はやり全体の形は大きく変えずに、古いものがなくなった場所に新たなものが生まれ、少しずつ新しい姿を形作っていくのです。

私が育った町はまさにそういう段階にあるのでしょう。
そのまだらに混じったふるい町と新しい町には、古い住人と新しい住人、古い伝統と新しい波がうまく混じり合って、ゆっくりと新しい方向に向かっていくのだろう、と思うと、自分もなにか大きな流れの一員だったことを思い出したような気がして、なんだか誇らしいような、そんな気持ちになりました。

表参道にあるネイルサロンはこちら

雑貨と言えばアンティーク

求人 飲食

通販 カフス

雀荘検索